アベノ中国語道場

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【成語・ことわざ篇】 得不偿失

得不偿失dé bù cháng shī  (成語)

 

〔意味〕得たもので失ったものを償えない、損得が引き合わない

 

《例文》

 

 他算盘了半天,但这笔生意还是觉得得不偿失。

(彼は長いこと勘定してみたが、この商売はやっぱり損得が引き合わないと思った)

【文法篇】 “把”を用いる構文

“把”は前置詞で、「~を」という意味を表します。この“把”を用いた構文は「処置文」と呼ばれ、ある事物に対する処置(動作)とその結果を表す場合に用いられます。

語順に関して言えば、中国語の基本構文は、

 

主語 + 動詞 + 目的語

 

ですが、“把”を用いる場合は、目的語を動詞の前に置くことができます。

 

主語 + 把 + 目的語 + 動詞

 

この場合は、日本語の構文と同じ語順になります。

では、“把”を用いる構文の基本文型を見ていきましょう。

 

【肯定文】 「…を~します」

 

主語 + 把 + 目的語 + 動詞 + (他の成分)

 

我想把这本小说翻译成中文。

(私はこの小説を中国語に訳そうと思う)

他把剩下的菜都吃了。

(彼は残った料理を食べつくした)

 

“把”を用いる構文では、動詞の後に何らかの語(成分)が必要です。動詞の後に何も無い場合、文が完結できません。

動詞の後に置かれる語は、結果補語、様態補語、動詞の重ね型、“了”や“着”などの助詞が有ります(補語の場合は可能補語は使えません)。

 

【疑問文】 「…を~しますか?」

 

肯定文の文末に“吗”または“没有”を置く形が一般的です。

 

你把钱带来了吗?

(お金持ってきた?)

你把作业做完了没有?

(宿題をやり終えましたか?)

 

【否定文】 「…を~しません」

 

主語 + 没(有)+ 把 + 目的語 + 動詞 + (他の成分)

 

否定形は“没(有)”を使います。否定の“没(有)”は“把”の前に置きます。通常は“不”は使いません。

 

他没有把圣诞礼物送给我。

(私は私にクリスマスプレゼントを贈ってくれません)

我还么有把寄给老师的信写完。

(私は先生に出す手紙をまだ書き終えていない)

 

≪学習のポイント≫

 

①能願動詞や時間を表す語は“把”の前に置きます。

 

我们一定要把英文学好。

(我々は必ず英語をマスターしなければならない)

你明天把中日词典带来。

(明日中日辞典を持ってきたまえ)

 

②通常目的語は、話し手にとって既知(特定)のものに限ります。不特定なものには使用できません。

 

我把他借给我的书还给他了。

(私は彼が貸してくれた本を返した)

×我把一本书还给他了。

(私は一冊の本を彼に返した)

 

③通常使われる動詞は他動詞に限ります。しかも、何か(目的語)を処置する意味を表す動詞です。したがって、下記のような動詞は使用できません。

 

所有・存在を表す動詞: 有 / 在

知覚動詞: 知道 / 觉得 / 认识

方向を表す動詞: 上 / 下 / 去 / 来

【類義語篇】 突然 — 忽然

突然tūrán (形)思いがけない、突然である、意外である

忽然hūrán(副)急に、不意に、にわかに

 

“突然”は形容詞です。ある事柄の発生が急で思いがけないことを表します。形容詞的な用法として、“突然事件”や“突然的变化”など名詞を修飾できます。

“忽然”は副詞です。状況の発生が急でしかも意外なことを表します。意味的には“突然”と非常に近いですが、品詞が異なるので語の用法としては明確な違いが有ります。しかも、“忽然”には形容詞としての用法はありません。

 

では、それぞれ例文を見ていきましょう。

 

突然

 

他们来得太突然了,我们一点准备也没有。

(彼らは突然やってきたので、我々は少しの準備もしていなかった)

发生了这样的事情,他们都感到很突然。

(みんなはこういうことが起こった事を意外に感じた)

 

忽然

 

今天早晨我出去的时候,忽然下起大雨来了。

(今朝私が出かけるとき、いきなり大雨が降り始めた)

他本来已经同意了,但后来忽然改变了主意。

(彼はもともと同意したが、後になって突然考えを変えた)

 

『学習のポイント』

 

“突然”には、“忽然”と同じような副詞的用法もあり、こちらもよく用いられます。ただし、“忽然”と比べた場合、若干の違いがあります。

“突然”は、意味的に状況の発生が早く、意外性の程度が強いことを強調します。また、用法的には、“突然”は主語の前(文頭)に置けますが、“忽然”は一般的に文頭には置きません。

 

突然,参加游行的学生们都唱起歌来了。

(デモに参加した学生たちは、いきなりうたい始めた)

【慣用句篇】 真是(的)

真是(的)zhēnshì(de)

 

〔意味〕まったくひどい、なんてことだ

 

他人に対する不満、不平を表す時や愚痴をこぼす時に使います。

 

<使用例>

 

A:张科长,您真是的,昨天晚上的联欢会您怎么没来看呢?我们科的小李参加了表演。

(張科長、ひどいですよ。昨晩の親睦会はどうして見に来なかったんですか?うちの科の李君が出演したのに)

B:真对不起,昨天晚上我家有急事,所以没能赶上,下次我一定要看。

(本当にすまない、昨夜は家に急用ができていけなかった。次は必ず見るから)

【成語・ことわざ篇】 如履薄冰

如履薄冰rú lǚ bó bīng  (成語)

 

〔意味〕薄氷を踏む思い、おっかなびっくりである、ひやひやである、(非常に危険なことのたとえ)

 

《例文》

 

这任务关系着几千人的生命安全,我们如履薄冰,哪能有疏忽大意?

(この任務は、数千人の生命安全が掛かっている。我々は薄氷を踏む思いだ、どうしておろそかにできるだろう)

 

※類義語:如临深渊rú lín shēn yuán(この二つの成語は意味は同じで、セットで用いることが多いです)

 

※ここでの“薄”は“báo”ではなく、“bó”と発音します。

【知識篇】 世界の企業・ブランド名

【知識篇】では、世界の人名、地名と取り上げてきましたが、今回は「世界の企業とブランド名」を中国語でどう表現しているかについて取り上げてみたいと思います。

欧米人の人名と同じように、横文字の企業名についても、中国語では基本的に音訳します。つまり、原語の発音に近い漢字の音を当てるわけですが、その場合ただ音を真似るだけでは有りません。漢字は表意文字で、すべての漢字は固有の意味を持っています。したがって、音を真似るだけでなく、音訳した名前ができるだけ良い意味を持つように、どの漢字を使うかに気を配ります。

例を挙げれば、

 

サントリー 三得利Sāndélì 「つくる、売る、買う三方ともに利が有る」

キャノン 佳能Jiānéng 「性能が良い」

コカコーラ 可口可乐Kěkǒu Kělè 「口に良くて(美味しくて)楽しい」

 

と言うふうに、訳した名前が良い意味になるよう使う漢字を選びます。

日本語の場合は、横文字の名前を音訳する時には、表音文字の「カナ」を使って音だけを置き換えることができます。しかし、表意文字の漢字の場合は、どうしても文字の意味を意識せざるを得ません。これは、中国語の大きな特徴の一つと言えるでしょう。

では、「世界の企業・ブランド名」の中国語名を見ていきましょう。業界別に分類しています。

 

≪自動車≫

BMW(独) 宝马Bǎomǎ

ポルシェ(独) 保时捷Bǎoshíjié

フォルクスワーゲン(独) 大众Dàzhòng

フェラーリ(伊) 法拉利Fǎlālì

プジョー(仏) 标致Biāozhì

フォード(米) 福特Fútè

ルノー(仏) 雷诺LéiNuò

ゼネラル・モーターズ(米) 通用汽车Tōngyoòng Qìchē

シトロエン(仏) 雪铁龙Xuětiělóng

フィアット(伊) 菲亚特Fēiyàtè

ベンツ(独) 奔驰 Bēnchí

アウディ(独) 奥迪àodì

 

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雪铁龙

≪アパレル・靴≫

アディダス(独) 阿迪达斯ādídásī

アルマーニ(伊) 阿玛妮āmǎní

エルメス(仏) 爱玛仕àimǎshì

ブルガリ(伊) 宝格丽Bǎogélì

プーマ(独) 彪马Biāomǎ

グッチ(伊) 古驰Gǔchí

ジバンシイ(仏) 纪梵希Jìfànxī

カルティエ(仏) 卡地亚Kǎdìyà

カルバン・クライン(米) 卡尔文・克莱恩Kǎ'ěrwén Kèlái'ēn

ラルフローレン(米) 拉尔夫・劳伦Lā'ěrfū láolún

ルイ・ヴィトン(仏) 路易威登Lùyì Wēidēng

ナイキ(米) 耐克Nàikè

ピエール・カルダン(仏) 皮尔・卡丹Pi'ěr Kǎdān

プラダ(伊) 普拉达Pǔlādá

イヴ・サンローラン(仏) 圣罗兰Shèngluólán

シャネル(仏) 香奈儿Xiāngnài'ěr

エドウィン(日) 埃德温āidéwēn

リーバイス(米) 李维斯Lǐwéisī

コンバース(米) 匡威Kuàng Wēi

 

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阿迪达斯

≪食品・飲料≫

江崎グリコ(日) 格力高Gélìgāo

カゴメ(日) 可果美Kěguǒměi

キューピー(日) 丘比Qīubǐ

味の素(日) 味之素Wèizhīsù

ハインツ(米) 亨氏食品Hēngshì shípǐn

キッコーマン(日) 龟甲万Guījiǎwàn

ハーゲンダッツ(米) 哈根达斯Hāgēndǎsī

デルモンテ(米) 德尔蒙食品Dé'ěrméng Shípǐn

クノール(独) 家乐Jiālè

カルピス(日) 可尔必思Kě'ěrbìsī

ネスレ(スイス) 雀巢Quècháo

バドワイザー(米) 百威Bǎiwēi

サッポロビール(日) 三宝乐啤酒Sānbǎolè Píjǐu

ハイネケン(蘭) 喜力Xǐlì

ペプシコーラ(米) 百世可乐Bǎishì Kělè

リプトン(英) 立顿Lìdùn

ヤクルト(日) 养乐多Yǎnglèduō

 

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可果美

≪小売・流通≫

ファミリーマート(日) 全家Quánjiā

ローソン(日) 罗森Luósēn

トイザらス(米) 玩具反斗城Wánjù Fǎndǒuchéng

ウォルマート(米) 沃尔玛Wō'ěrmǎ

イオン(日) 永旺Yǒngwàng

ユニクロ(日) 优衣库Yōuyīkù

カルフール(仏) 家乐福Jiālèfú

イケア(スウェーデン) 宜家Yíjiā

サイゼリヤ(日) 萨莉亚Sālìyà

サブウェイ(米) 赛百味Sàibǎiwèi

スターバックス(米) 星巴克Xīngbākè

マクドナルド(米) 麦当劳Màidangláo

ミスタードーナツ(米) 美士唐纳兹Měishì Tángnàzí

ピザハット(米) 必胜客Bìshèngkè

ケンタッキーフライドチキン(米) 肯德基Kěndéjī

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玩具反斗城

 ≪家電・電子・精密機器≫

ノキアフィンランド) 诺基亚Nuòjīyà

デル(米) 戴尔Dài'ěr

カシオ(日) 卡西欧Kǎxī'ōu

ヒューレット・パッカード(米) 惠普Hùipǔ

シャープ(日) 夏普Xiàpǔ

インテル(米) 英特尔Yīngtè'ěr

アップル(米) 苹果电脑Píngguǒ Diànnǎo

ソニー(日) 索尼Suǒní

マイクロソフト(米) 微软Wēiruǎn

オリンパス(日) 奥林巴斯àolínbāsī

 

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诺基亚

≪IT≫

ヤフー(米) 雅虎Yáhǔ

アマゾン(米) 亚马逊Yàmǎxùn

グーグル(米) 谷歌Gǔgē

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亚马逊

≪日用品≫

パンパース(米) 帮宝适Bāngbǎoshì

P&G(米) 宝洁Bǎojié

ラックス(英) 力士Lìshì

ジョンソン・エンド・ジョンソン(米) 强生Qiángshēng

ライオン(日) 狮王Shīwáng

クリネックス(日) 舒洁Shūjié

 

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帮宝适

 これらの企業やブランド名は各社が自分で音訳し、中国語名を創作する場合がほとんどのようです。企業やブランドの名前は、企業イメージをつくる「顔」とも言える重要な要素で、各社とも工夫を凝らした名前ばかりです。

例えば、ユニクロの“优衣库”などは「優れた服の倉庫」などと言う、なかなかひねったネーミングです。

上に上げた企業・ブランド名は、いずれも中国市場に浸透し高い知名度を持つものばかりで、実際に中国のスーパーなどで売られているブランドも多いようです。

かつての社会主義経済の時代には、これらの西側の企業・ブランド名はまだ中国に有りませんでした。改革開放によって生み出された新しい文化だとも言えます。

【成語・ことわざ篇】 卧薪尝胆

卧薪尝胆wò xīn cháng dǎn (成語)

 

〔意味〕大志を遂げるため刻苦し自らを励ますこと

 

《例文》

 

我们球队的队员们卧薪尝胆,刻苦训练,终于在世界锦标赛上夺得了冠军。

(わがチームのメンバーは臥薪嘗胆し、厳しい練習を行い、ついに世界選手権で優勝を勝ち取った)

 

※“卧薪尝胆”は、戦国時代の越王勾践と呉王夫差の故事で有名です。呉王に戦で敗れた勾践が硬い薪の上に寝起きし、苦い肝を嘗めて負けた屈辱を忘れず、強力な軍隊をつくって10年の後に呉軍を打ち破ったというお話です。“卧薪”は「薪の上に寝る」、“尝胆”は「苦い肝を嘗める」という意味です。

元々は復讐を遂げるために刻苦精励することですが、現在では「大きな目的を達成する」という意味で使われることが多いようです。

【慣用句篇】 用不着

用不着yòngbuzháo

 

〔意味〕入用でない、必要でない、使い道が無い

 

“用不着”は、可能補語の否定形の形です。“不着”は、動詞の後ろに付く補語成分で「何らかの障害が有るため動作がその対象に達し得ない」ことを表します。

“不着”はもちろん他の動詞にも付きますが、その中でも、特に“用不着”は慣用句的によく用いられています。

 

<使用例>

 

A:就一个房间要打扫,用不着这么多人去,我一个人去就行了。

(一部屋掃除するだけだ、こんなにたくさんの人間は必要ない。行くのは僕一人でいい)

B:那好,我们就不去了。可是你去了以后要是需要我们帮忙,就给我打电话吧。

(分かった、僕らは行かない。だけど君が言った後に手伝いが必要になったら、僕に電話してくれ)

 

※可能補語は、「補語成分」を使って可能/不可能を表す表現方法で、否定形の形でよく用いられます。

詳しくは「【文法篇】その5-可能補語」の中で解説しています。併せてご参考ください。

【類義語篇】 分 — 分钟

分fēn(量)分

分钟fēnzhōng (量)分間

 

“分”、“分钟”はともに時間を表す量詞ですが、“分”はある時点での時間(時刻)、“分钟”は一定の長さの時間を表します。

“分钟”は時間の長さを表すので、“十多分钟”(十数分間)や“几分钟”(数分間)などの曖昧な表現ができます。時刻を表す“分”には、このような用法はありません。

では、それぞれ例文を見ていきましょう。

 

 

我到火车站的时间是九点差十分。

(私が駅に着いた時間は9時10分前です)

你要看的电视节目从几点开始?---晚上八点二十分。

(君が見たいテレビドラマは何時から始まるの?---夜の8時20分)

 

分钟

 

从我家骑车到学校要四十分钟。

(私の家から学校まで自転車で40分かかります)

我们已经等了二十分钟,但他还没到。

(我々はすでに20分待ったが、彼はまだ来ていない)

 

               『学習のポイント』

 

“分”はこの他に試験の点数や試合の得点などを表します。

 

他在期末考试得了一百分儿。

(彼は期末試験で100点を取った)

中国队领先五分。

(中国チームは5点リードしている)

【文化篇】中国武術・後編 ~中国武術の達人たち~

前編では、中国武術のさまざまな流派を紹介しました。中国武術には実に多くの流派が存在しましたが、その歴史の中では、各流派を代表する武術の達人たちが活躍しました。後編では、中国武術史を彩る中国武術の達人たちを紹介します。

 

李書文 ~李書文に二の打ち要らず~

 

李書文は八極拳の使い手で、この流派を代表する達人の一人です。清朝末期の1864年に、河北省滄州の貧しい農村に生まれました。滄州は北派武術の中心地として名高く、李書文も少年の頃から有名な師匠について八極拳を学びました。昼夜を問わず練習に励み、やがて師や兄弟弟子にも一目置かれるほどの実力をつけました。

かれは、小柄な体格に似合わず怪力の持ち主でした。ある日のこと、北京でいちばんの力持ちが李書文に力比べを挑んだ際、李書文は三尺の鉄棒を石の壁に突き刺し、この棒を抜くよう言ったところ、相手は半日ものあいだ棒と格闘したが、ついに抜くことができなかったそうです。

李書文は、武術家として一家を成した後に何人かの弟子をとりました。その内有名なのが、最初の弟子霍殿雲と、最後の弟子劉雲樵です。霍殿雲は後にラストエンペラー溥儀の衛兵、劉雲樵は台湾総統府侍衛隊の武術教官となりました。李書文の教えた八極拳は、「李氏八極拳」として一派を成しました。

李書文の八極拳は実戦重視で、その風格は質実剛健であったと言います。弟子たちには「千招有るを怖れず、一招熟するを怖れよ(いろいろな技を覚えるより、一つの技を極めよ)」と教えました。小手先の技を嫌い、相手を一撃で倒すことを理想としたのです。実際、たくさんの武術家がかれに試合を挑みましたが、そのほとんどは最初の一撃だけで倒されたそうです。その風格は、世人に「李書文に二の打ち要らず、一つあれば事足りる」と言わしめました。

李書文は、1934年に天津で70年の生涯を閉じました。死因については毒殺説や病死説など、はっきりとしていません。現在では、中国武術史に残る、伝説の武術家の一人として伝えられています。

李書文を取り上げたメディア作品には、松田隆智藤原芳秀作の漫画『拳児』が有ります。李書文は映画化やドラマ化がされておらず、一般的な知名度は高くないかもしれません。しかし、かれは武術家として実に個性的で、また、その生涯も大変興味深いものです。どこかの映画会社が李書文の映画を作ってくれないか、と密かに期待しています。

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李書文

霍元甲 ~尚武精神~

 

霍元甲は、1868年に天津で生まれました。かれの修めた流派は「秘宗拳」と呼ばれ、河北省を中心に伝承された北派武術の一つです。別名は「燕青拳」とも呼ばれます。「燕青」は水滸伝に登場する英傑の一人で、武術の達人であったと伝えられています。

霍家は代々武術家を輩出した武門の家柄ですが、霍元甲の幼少期は病弱な子供だったので、父親は息子にあえて武術を教えなかったそうです。そのため、兄弟の稽古をこっそり見ながら独学で習得しました。20歳を過ぎたころに父親にその実力を認められ、家伝の秘宗拳を伝授されました。

1909年に上海に出た霍元甲は、仲間たちと共同で「上海精武体操学校(後に上海精武体育会に改称)」を創設しました。この学校の設立には、当時の中国で革命運動を起こした中国同盟会も関わっていました。そのため、同盟会総理の孫文が扁額に揮毫し、これを贈りました。その扁額は「尚武精神」と書かれ、霍元甲の武術家としての活動を讃えています。

かれらが武術学校を開いた理由は、当時欧米列強の侵略に晒された中国で、武術を通じて国民に愛国精神を奮い立たそう、というものでした。その心意気に、孫文たち革命家も強く賛同したのでしょう。

霍元甲の死については、ひとつの伝説が残っています。それは、当時日本人の武術家を試合で打ち負かしたことで日本人の恨みを買って毒殺されたという説です。しかしこれは事実に反し、親族の証言によれば、持病の肝硬変が悪化して病死したということです。霍元甲の毒殺説は、あくまで小説などのフィクションの中の話ですが、映画やドラマを通じて広く流布しています。

霍元甲の毒殺説を取り入れた映画で有名なものが、ブルース・リー主演の『ドラゴン怒りの鉄拳』です。リー演じる主人公の陳真(架空の人物)が、毒殺された師匠の敵を討つために日本人の道場に殴りこみをかけ、敵のボスを打ち倒すというストーリーです。

また、2006年に公開された中国映画『SPIRIT』は、霍元甲の生涯を描いた伝記映画です。自身も武術の使い手であるジェットー・リーが霍元甲を演じきり、映画は大ヒットしました。劇中、中村獅童扮する日本人武道家との試合は迫真の演技で、久しぶりに本格的なカンフー映画を堪能しました。この映画でもラストで霍元甲が毒殺される場面が描かれ、フィクションにおける定説を踏襲しています。

 

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霍元甲

黄飛鴻 ~香港映画のスーパースター~

 

黄飛鴻は、1847年に広東省広州で生まれた武術家です。南派武術の代表と言える洪家拳の達人で、父親の黄麒英もこの流派の使い手でした。小さいころから父親について洪家拳を学び、少年時代は、父と共に中国各地で修行と演舞の旅を続ける日々を送りました。やがて、成人するころには、同派において並ぶものの無い境地に達しました。

黄家は、代々武術と並んで医術も手がけていました。父親の経営する「寶芝林」では、漢方の薬局と同時に武術道場も開き、弟子の育成にも励みました。1863年、飛鴻が16歳の時に父親が他界、かれは「寶芝林」の経営を引き継ぎます。その後は、欧米列強の中国侵略が進む中で、広東の市民に武術を教え、自警団を率いて、民間レベルでの治安維持に努めました。動乱の時代に、国のために尽くした愛国の武術家として、現在でも高い評価を受けています。

黄飛鴻は、生前から非常に人気が高く名の通った武術家で、かれの死後も中国各地の新聞や雑誌などで伝記や小説が盛んに連載され、中国でも最も有名な武術家の一人になりました。

黄飛鴻を題材にした映画には、古くは1949年に公開された『黄飛鴻傳上集』が有ります。その後、現在までに製作された映画は80本を超え、近代の歴史人物としては、映画化された本数が最も多い人物ではないでしょうか。

日本で有名な黄飛鴻の映画は、ジャッキー・チェン主演の『ドランク・モンキー酔拳』と、ジェット・リー主演の『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ』シリーズでしょう。特に『ワンス・アポン・ア・タイム』シリーズは、ジェット・リー主演作では全6作、その他、異なる俳優の主演作もたくさん作られてました。また、香港のTVシリーズでも6作が製作され、同一人物を描いたシリーズものとしては、香港でも最多の作品ではないかと思います。

これだけたくさんの作品が製作されたことでも分かるように、香港の人々にとって、黄飛鴻は武術の達人であり、また義侠心に厚い真のヒーローであることが分かります。

 

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黄飛鴻

葉問 ~ブルース・リーのお師匠さん~

 

葉問は、洪家拳と並ぶ南派武術の代表、詠春拳の達人です。かれは1893年広東省仏山で生まれました。葉家は代々製糸業を営む裕福な家庭でした。1904年に、詠春拳の大家である陳華順に弟子入りしましたが、その時はわずか11歳でした。裕福な家庭の子弟だった葉問は道場には通わず、両親が高額な月謝を支払って、師匠を自宅へ招いて個人教授を受けました。

1909年、16歳になった葉問は香港へ留学し、ミッション系のカレッジに入って外国語や数学などを学びました。1918年に仏山に戻った葉問は警察官の職を得て、清朝高官の娘張永成と結婚しました。

1937年に日中戦争が始まると、日本軍は仏山にも侵攻し、葉門の財産と邸宅は日本軍によって没収、自宅は軍の司令部が置かれました。それまで裕福な暮らしをしていた葉問でしたが、戦争によりすべてを失い、家族を連れて仏山を離れました。その後、国共内戦を経て共産党政権が誕生すると、単身で香港に亡命しました。

ほとんど無一文で香港へやって来た葉問は、非常に苦しい生活を強いられました。かれは武術を教えて生計を立てようと考え、知人のつてを頼ってなんとか弟子と稽古場の確保しました。

葉問は、弟子の指導にあたって、五行説などの古代理論や伝統的な教え方を捨て、科学に基づいた合理的な教授法を取り入れました。中国伝統文化の一部である武術から古い理論を排し、学びやすい理論的な指導を実践したのは画期的なことです。

1953年には、少年時代のブルース・リーが葉問のもとを訪れ、5年間詠春拳の修行を積みました。

晩年には自身の武館(道場)を閉め、武術の指導は個人教授のみ受け付けることとしました。1968年には、葉問の悲願だった葉問派詠春拳の統括団体「詠春聯誼会」を設立しました。この団体は、武術団体では初めて香港政府から認可を受け法人化を取得しました。

1972年12月1日、葉問は香港で永眠、享年79でした。

こうした葉問の生涯は、ドニー・イェン主演の映画『イップ・マン』シリーズで描かれています。第3作の『イップ・マン継承』では、若き日のブルース・リーが葉問を訪ね、弟子入りを乞うエピソードが挿入されています。ブルース・リー自身も、一人の武術家として達人の域に達しましたが、リーは、葉問から学んだ詠春拳を基礎に、様々な武術の要素を取り入れた「截拳道ジークンドー)」を創始しました。その中では、「無駄なことをしない」という葉問派詠春拳の合理精神を受け継いでいると言われます。

 

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葉問とブルース・リー

 

【成語・ことわざ篇】 名副其实

名副其实míng fù qí shí (成語)

 

〔意味〕名実相伴う、評判と実際が一致する、看板に偽りなし。

 

《例文》

 

他是一个名副其实的劳动模范。

(彼は、その名に恥じない模範労働者だ)

 

“名副其实míng fú qí shí”とも書きます。

 

※類義語:名不虚传míng bù xū chuán

【文化篇】 中国武術・前編 ~中国武術の流派~

中国武術」とは中国に起源を持つ武術の総称で、日本で「拳法」と呼ばれる徒手術を基本に、槍、剣などの武器術を加えた総合的格闘技です。中国武術は、長い歴史の中でたくさんの流派が生まれました。しかし、どの流派にも共通している点は、単に相手を倒す技術だけでなく、精神面の修練を非常に重視していることです。これは、東洋の武術、例えば日本の剣術や柔術などにも共通する考え方で、西洋の武術とは大きく異なる点です。

 

中国武術の歴史

 

中国武術の起源は大変古く、一説には、漢王朝の時代に黄河流域に住んでいた人々が、戦争のために始めた教練がその起源と言われています。また、中国武術の中でも非常に有名は流派「少林拳」は、少林寺における僧侶の修業の一環として代々伝えられました。その他、南宋岳飛を開祖とする北派武術の流派もあります。

近代に入ると、中国武術は徐々に近代的な体育の一部として扱われるようになりました。そして、中華民国の時代には、全国的な武術の団体が組織化されます。その代表は、1928年に南京で設立された中央国術館です。国術館では各流派の有名な武術家を招聘し、学生に武術を教授しました。そして、1936年には、中国の武術チームがベルリンオリンピックにおいて、武術の演舞を披露しました。

新中国建国後も中国武術は伝統文化の一部として保護を受け、各地の武術学校などで教えられています。また、海外に進出した流派も多く、欧米や日本、東南アジアなどでも中国武術が盛んに学ばれています。

 

中国武術の分類

 

中国武術の分類の方法はいくつかありますが、ここで紹介するのは「外家拳」と「内家拳」、もう一つは「北派」と「南派」です。

外家拳」とは、少林拳のように身体の鍛錬を通じ、外面から身体鍛えて大きな力を発揮する武術です。一方の「内家拳」とは、太極拳のように呼吸法や内面を鍛えて柔軟な力を用いる武術を言います。

もう一つは、武術流派の発生した場所で分類する「北派」と「南派」です。「北派」と「南派」という分類は、中国の北部と南部で独自に発展した武術を指しており、一般的に「南拳北腿」と言われます。南派は拳、即ち徒手を多用し、北派は腿、即ち蹴り(足技)を多用すると言われます。

 

中国武術の流派

 

北派(外家拳)・・・少林拳翻子拳八極拳蟷螂拳鷹爪拳など

北派(内家拳)・・・太極拳八卦掌形意拳など

南派・・・洪家拳詠春拳白鶴拳など

 

それでは、中国武術の主要な流派を見ていきましょう。

 

北派(外家拳):

 

少林拳少林拳は、河南省嵩山少林寺に代々伝わる武術流派で、あるいはその流れを汲む流派も含みます。元々は禅の修業の一部として、有名な達磨大師によって創始されたという言い伝えがあります。それから、少林寺の僧たちの間で長く伝承されてきました。

なお、日本で行われている「少林寺拳法」は、戦前の中国で少林拳を学んだ宗道臣が戦後の日本で起こした武術で、現在の中国で行われている少林拳とは関係有りません。

 

翻子拳翻子拳は、中国の河北省に伝えられる武術流派です。両手の拳を連続して素早く打ち出し、あたかも爆竹が炸裂するような、非常にスピーディーな武術です。西洋のボクシングに良く似ていると言われます。「北腿」と言われ足技を多用する北派武術の中でも、徒手を中心とするスタイルで知られています。また、河北省には、鷹が獲物を捕らえる姿を模した「鷹爪拳」と組み合わせた「鷹爪翻子拳」という流派も存在します。

 

八極拳八極拳は、元々河北省滄州孟村のイスラム教徒の間で伝承されてきた流派ですが、後に漢族にも伝えらて、独自の発展を遂げました。正式な名称は「開門八極拳」と言いますが、その意味は、「八方の極遠にまで達する力で、敵の門(防御)を打ち破る」という中国武術の中でも屈指の破壊力を誇る流派です。八極拳の基本的なスタイルは「接近短打」で、極めて近い間合いでの戦いを得意とし、体当たりや肘打ちを多用します。特に、八極拳の肘打ちの威力はすさまじく、相手を一撃で倒す程の力を発揮します。

 

蟷螂拳蟷螂拳は、清朝初期に、山東省の王朗という人物によって創始されたと伝えられています。王朗カマキリが獲物を捕らえる姿を見て、それを武術に応用したので、「蟷螂」という名前が付きました。現在に伝えられているものは北派蟷螂拳を中心としていますが、南派武術にも蟷螂拳の流派が有ります。

王朗が北派の様々な武術流派を学び、それを自らの蟷螂拳に取り入れたので、非常に多くの技法を有しています。また、「七星蟷螂拳」、「梅花蟷螂拳」、「六合蟷螂拳」など、非常に多くの系統を有する武術流派としても知られています。即ち、北派の総合武術とも言える流派です。

 

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八極拳

北派(内家拳):

 

太極拳太極拳は、中国武術の中でも最も高い知名度を誇る武術流派でしょう。太極拳は、河南省陳家溝の陳一族に伝えられる家伝の流派でした。かつては、陳家の人間以外には伝えてはならないという不文律があったそうです。その発祥は、元代の人張三豊が武術の聖地武当山に入り会得した武術をベースに創造したと伝えられます。ただし、張三豊自身は中国各地に伝わる仙人の一人で、太極拳の発祥もあくまで伝説の域を出ないと言われます。

かつては閉鎖的な陳一族の家伝武術でしたが、現在では、本家の陳式以外にも、楊式、孫式など様々な系統が生まれました。その多くは敵を倒す武術としてではなく、健康維持のための体操として学ばれています。

 

八卦掌八卦掌は、その名の通り拳をほとんど使わず、てのひらで相手を打つスタイルを特徴とします。また、円周に沿った歩法(足の運び)の習得も大変ユニークで、非常に習得の難しい武術流派として知られています。

八卦掌は、清朝後期、紫禁城の宦官であった董海川によって創始されました。八卦掌もまた非常に多くの系統を持つ武術流派で、その理由は、董海川が、弟子たちにそれまで習ってきた流派の技術を取り入れて教えたからで、その結果、投げを得意とする系統や、打撃を得意とする系統などに分かれました。

八卦掌の動きはあたかも踊っているように見える、大変優雅な武術流派だと言えます。

 

形意拳形意拳は、清朝末期に心意拳を学んだ李洛能が創始したと伝えられます。その後、数人の愛弟子に形意拳の技が伝承されましたが、弟子たちはそれぞれ異なる地域でそれを教えたため、別々な系統として伝えられました。即ち、河北派形意拳、山西派形意拳という形で残っています。

形意拳は、中国の古代理論である「陰陽五行説」をもとに組み立てられた武術流派で、五行をもとにした「五行拳」と、12種類の動物の動きを模した「十二形拳」で構成されます。もう一つの特徴は、「武器の王」と言われる槍の動きを拳技の中に取り入れています。

形意拳は、他の流派に見られる大きな身体の動きや、見栄えの良い大技などが少ない、非常にシンプルなスタイルの武術流派です。

 

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太極拳

南派

 

洪家拳洪家拳は、南派武術を代表すると言ってよい流派です。日本では、香港のカンフー映画シリーズ『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ』で非常に有名になりました。主演のジェット・リー演じる武術家の黄飛鴻洪家拳の使い手です。

洪家拳は、南派武術の特長である「短橋狭馬」をよく表している流派で、「橋」は」腕の使い方、「馬」は足の形を表します。即ち、狭い歩幅で腕を短く使うスタイルです。

香港映画界はたくさんのカンフー映画を生み出しましたが、香港のアクション俳優たちは、武術の基礎として洪家拳を学ぶそうです。したがって、洪家拳は香港のカンフー映画の中で見ることが出来ます。

 

詠春拳詠春拳は、世界的なアクションスターのブルース・リーも学んだ武術流派です。彼の香港での修行時代の師匠が、詠春拳の達人である葉問でした。

詠春拳は、女性武術家の厳詠春が創始したと伝えられ、彼女の名前を取って「詠春拳」と呼ばれるようになりました。詠春拳洪家拳と同じく、「短橋狭馬」の特長をよく備えた流派で、歩幅を短くとり、非常にコンパクト出スピーディーな手技を用います。その拳技のうち8割が防御だといわれますが、防御から連続して攻撃に繋げる技術は、非常に合理的かつ無駄の無い動きです。

また、基礎練習に「木人椿(もくじんとう)」という人形の道具をしようする訓練も有名です。

 

白鶴拳白鶴拳は、清朝中期の女性武術家である方七娘によって創始されたと伝えられます。彼女は父親から武術の基礎を学び、父親から学んだ少林拳に、鶴の動きと独自の歩法を取り入れた白鶴拳を生み出しました。

白鶴拳は、福建省で始められた流派ですが、その後隣の台湾にも伝承され、現在では台湾で最も有名な武術流派の一つになっています。

 

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詠春拳

【類義語篇】 不好意思 — 对不起

不好意思bù hǎoyìsi(慣)すまない、恥ずかしい、照れくさい

对不起duìbuqǐ (動)すまない、申し訳ない

 

“不好意思”、“对不起”は共に、相手に謝意を伝えるとき、謝るときに使います。“不好意思”は“对不起”よりも謝意の程度が弱くなるので、日常のちょっとした過ちなどに使います。一方、正式な場面での謝罪には“对不起”が使われます。

また、“不好意思”、“对不起”ともに、“很”、“真”、“太”、“实在”などの副詞を伴って謝意を強調することができます。

では、それぞれ例文を見ていきましょう。

 

不好意思

 

我来晚了,真不好意思。

(遅くなりまして、本当にすみません)

这么晚还给你打电话,实在不好意思。

(こんなに遅く電話して、本当にすみません)

 

对不起

 

对不起,我不应该对你说那样的话。

(すみません、あなたにこんな話をしてはいけない)

我帮不了你这个忙,实在对不起。

(あなたの役には立てそうにない、本当に申し訳ない)

 

               『学習のポイント』

 

①“不好意思”は、元々の「恥ずかしい、照れくさい」という意味の用法もあります。

 

上课的时候她有很多问题,但她不好意思问老师。

(授業中彼女は聞きたいことがたくさんあるが、恥ずかしくて先生に聞けない)

 

②“不好意思”は他にも「むげに~できない」と言う意味の用法も有ります。

 

朋友再三邀请,我不好意思去。

(友達に何度も誘われているので、行かないわけにはいかない)

 

③“对不起”には元々の動詞の用法も有ります。「すまない、申し訳ない」という意味です。その場合、後に目的語を取ることができます。また、この用法では、“对不住”と言いかえができます。

 

我做了对不起他的事。

(私は、彼に顔向けできないことをした)

我把她的笔记本电脑弄坏了,实在对不住她。

(私は彼女のノートパソコンを壊してしまった、彼女に申し訳が立たない)

【成語・ことわざ篇】 迫不得已

迫不得已pò bù dé yǐ(成語)

 

〔意味〕やむを得ない、やむを得ず~する。

 

“迫”は「強制する、無理強いする」、“不得已”は「やむを得ない、どうしようもない」という意味です。

 

《例文》

 

父母逼嫁,她迫不得已,只好逃出家门了。

(両親に嫁入りを強制され、彼女はしかなたく家を出るしかなかった)

 

※類義語:万不得已wàn bù dé yǐ

【慣用句篇】 没说的

没说的méishuōde

 

〔意味〕指摘すべき欠点がない、申し分ない

 

<使用例>

 

A:昨天学校举办的联欢晚会你参加了吗?

(昨日学校主催のパーティー参加した?)

B:我参加了。

(参加したよ)

A:你说我演唱的那首《北国之春》怎么样?

(僕が歌った『北国の春』どうだった)

B:没说的,快赶上职业歌手了。

(申し分ない。もう少しでプロの歌手になれるよ)

 

“没说的”は他にも、下記のような意味もあります。

 

①「言い訳、弁解の余地が無い」

 

上级给我们的任务,一定要完成,没说的!

(上から言われた任務は必ず実行しなけりゃ、言うまでも無い)

 

②「問題にならない、たいしたこと無い」

 

别那么客气,这点儿小事没说的。

(そんなに遠慮するなよ、これしきのこと問題じゃない)