アベノ中国語道場

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【成語・ことわざ篇】 迫不及待

迫不及待pò bù jí dài(成語)

 

〔意味〕待っていられないほど急ぐ、矢も盾もたまらない

 

《例文》

 

饭菜港摆上桌子,小朋友们就迫不及待地吃了起来。

(料理がテーブルに並ぶと、子供たちはどうにも待ちきれずに食べ始めた)

 

※類義語:急不可待jí bù kě dài

【類義語篇】 撒 — 洒

撒sǎ(動)まく、撒き散らす

洒sǎ(動)まく、ふりまく

 

“撒”と“洒”は、いずれも「まく、まきちらす」という意味を表しますが、まくものが異なります。

“撒”は、「粉末、つぶ状や片上のもの」で、“洒”は「液状のもの」という違いがあります。

では、それぞれ例文を見ていきましょう。

 

 

在田地上撒了一点肥料。

(畑に少し肥料をまく) ※ここでの肥料は固体のもの

牛肉上撒一点胡椒粉。

(牛肉に少しコショウを振り掛ける)

 

 

先洒些水再扫地。

(先に少し水をまいてから地面を掃く)

外边特别冷,洒点水马上就冻冰了。

(外はすごく寒いので、水をまいたらすぐに凍った)

 

『学習のポイント』

 

1.「こぼす、こぼれる」

 

“撒”と“洒”はまた、「こぼす、こぼれる」という意味もありますが、この場合は液状或いはつぶ状と言った区別がなく、どちらを使ってもかまいません。

 

你把洒(撒)在地上的大米都检好了吧。

(地面にこぼしたお米を全部拾いなさい)

不小心把杯子里的酒洒(撒)在地上了。

(うっかりして、グラスの中の酒を床にこぼしてしまった)

 

2.“撒”の声調変化

 

“撒”の声調が1声(sā)に変わると、「放す、放出する、排出する」という意味に変わります。

 

把笼子里的麻雀撒出去了。

(かごの中のスズメを放してやった)

昨天晚上他烂醉,在卧室里撒尿了。

(昨晩彼は酩酊して、寝室の中でおしっこをした)

【成語・ことわざ篇】 杀人灭口

杀人灭口shā rén miè kǒu(成語)

 

〔意味〕秘密が漏れるのを防ぐため、人を殺してその口を塞ぐこと。

 

《例文》

 

黑社会的头目用杀人灭口的方法,除掉知情人。

(マフィアのボスは人を殺して口を塞ぐというやり口で、事件の関係者を抹殺する)

 

“杀人灭口”という成語は、中国の犯罪映画やテレビの刑事ドラマなどの台詞によく出てきます。

【慣用句篇】 没说的

没说的méishuōde

 

〔意味〕指摘すべき欠点がない、申し分ない

 

<使用例>

 

A:昨天学校举办的联欢晚会你参加了吗?

(昨日学校主催のパーティー参加した?)

B:我参加了。

(参加したよ)

A:你说我演唱的那首《北国之春》怎么样?

(僕が歌った『北国の春』どうだった)

B:没说的,快赶上职业歌手了。

(申し分ない。もう少しでプロの歌手になれるよ)

 

“没说的”は他にも、下記のような意味もあります。

 

①「言い訳、弁解の余地が無い」

 

上级给我们的任务,一定要完成,没说的!

(上から言われた任務は必ず実行しなけりゃ、言うまでも無い)

 

②「問題にならない、たいしたこと無い」

 

别那么客气,这点儿小事没说的。

(そんなに遠慮するなよ、これしきのこと問題じゃない)

【文化篇】 中国における吉祥のシンボル

今回の【文化篇】は、中国における「吉祥」(縁起物)のシンボル(図案)をいくつか紹介したいと思います。

これらのシンボルは、中国の長い歴史の中で、一種の民間伝承として受け継がれてきました。絵画や陶磁、書など、いわゆる芸術品とは異なる、もう一つの中国文化を形づくる要素だと思います。そこには、中国人独自の発想や価値観が見て取れます。

 

“福到”

 

毎年中国の春節旧正月)になると、各家の門に「福」の字をデザインしたものを貼りますが、その時に、「福」をひっくり返して貼ります。

これは、“福倒了fú dàole”(福がさかさまになった)と“福到了fú dàole”(福が来た)をかけたものです。すなわち、「福」をさかさまにすることで、「福が我が家にやって来る」という一種の縁起物です。しかも、それを年の初めの春節に行うことで、その年がずっと幸せに暮らせるように願う、古くから伝わる習慣なのです。

この “福到”が行われるようになったのは、一説によれば明代の始め頃と言われています。

「福」の字は、通常紅い紙に筆文字で書いたり、中国伝統の切り紙になっていますが、春節前になると、スーパーや小さい商店の店先で大量に売られます。

 

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福到

“年年有余”

 

こちらも上述の“福到”と同じように、春節の時に貼る“年画”(縁起物のデザイン画)の一つです。“鱼yú”と“余yú”が同じ発音で、「余る、残る」という意味に通じることから、「毎年収穫した作物や稼いだお金が有り余る」→「裕福で幸せな生活が送れる」という願いを込めたシンボルです。

なお、中国では、お正月料理として“年年有余”という名前の魚料理が食べられています。その地域は、広東省浙江省山東省などで、食材には淡水魚のコイや海水魚のスズキなどが使われます。調理法は各地域でまちまちですが、塩味のアッサリしたものから、しょう油で煮込むこってりした味付けなどが有ります。

 

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年年有余

“蝙蝠”

 

“蝙蝠”とはコウモリのことで、欧米や日本では気味の悪い生き物と見られていますが、中国では吉祥のシンボルになっています。その理由は、“蝙蝠biānfú”の“蝠fú”が“福fú”と同じ発音で、縁起がよいからとされています。

上の2つもそうですが、中国の縁起物はモノそのもののかたちよりも、その名前の発音が吉祥に繋がることから選ばれるようです。「文の国」と呼ばれる中国の一つの特徴でしょうか。

欧米では、コウモリは「吸血鬼」に代表されるように、死や恐怖の対象として忌み嫌われて来ましたが、中国では古くから吉祥のイメージとして大切にされてきました。このような対照的な文化の違いは非常に興味深いです。

 

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蝙蝠

“双喜”

 

“双喜”は、「喜」を横に二つ並べた図案です。この吉祥シンボルの誕生には、歴史上の有名人が関わっています。

北宋の宰相王安石が23歳のときに都での科挙試験に参加しました。試験が終わって帰郷の途中に出会ったある地方役人にその才能を認められ、彼の娘と結婚することになりました。そして結婚式の当日、王安石のもとに都から科挙合格の通知が届きました。おめでたいことが二つ重なり、彼は紙をとって「喜」の字を二つ並べて書き、入り口の門に張り出しました。この逸話が後の世に広く伝わり、特に結婚式のときに“双喜”を壁などに張る習慣が定着したそうです。

 

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双喜

“福禄寿”

 

“福禄寿”は、いずれも中国の民間信仰の中の神様で、“福”は「幸福」、“禄”は「富貴」、“寿”は「長寿」を表します。

“福神”は、道教の中では「紫微大帝」と呼ばれ、人々に幸せを分け与える神様として厚く信仰されています。

“禄神”は、別名「文昌星」と呼ばれ、読書人(知識階級)の守り神とされています。特に科挙制度の普及以降に、読書人に「功名」(手柄を立てて出世すること)と「利禄」(利益と俸禄)を与える神様として尊重されてきました。

“寿神”は、別名「南極老人星」と呼ばれ、長寿をもたらす神様として人々の信仰を集めてきました。

“福禄寿”の図案は、通常この3人の神様がセットで描かれます。これは、中国人の人生における3つの願望をすべて表した最強のシンボルと言えます。

 

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福禄寿

“平安如意”

 

“平安如意”は、通常“花瓶”と“如意”という二つの道具が組み合わさったデザインで用いられます。

“花瓶huāpíng”の“瓶píng”が“平安píngān”の“平píng”と同じ発音で、「平安」に通じることから用いられます。

また、“如意”とは仏教の僧侶が使う仏具です。先端が丸くなっている棒状の道具で、僧侶が読経の時などに使います。元々は背中を掻くための道具だったそうです(孫悟空の使う「如意棒」もありますね)。“如意”は「意のままに、思い通りに」という意味で、そこから「願いが思い通りにかなう」という意味に転化しました。

“平安如意”は、「平穏無事な生活が続き」、「願いがかなう」という吉祥のシンボルとして定着しました。現在では、誕生日の送りものとして“平安如意”をかたどった置物などを贈る習慣があります。

 

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平安如意

ここで紹介したものはほんの一部で、中国における吉祥のシンボルは他にもまだまだたくさん有ります。これらのシンボルは今でも生活の中で大切に使われ、今後もずっと伝えられていくと思います。

ある国や民族の文化を考えるときに、博物館に収められた芸術品だけでなく、こうした民間に伝承されるものも重要な素材になると思われます。古い芸術品は、往々にして皇帝や知識人などの支配階級が生み出したものとですが、庶民の中から生まれるものは、支配階級をも包括しているのです。すなわち、すべての中国人が享受できる文化財だと言えます。それは現在においても変わらないでしょう。

【慣用句篇】 太阳从西边出来

太阳从西边出来tàiyáng cóng xībiān chūlái

 

〔意味〕太陽が西から昇る、起こり得ない、信じがたい、受け入れがたい

 

「太陽が西から昇る」、すなわち信じられないが起こった時の非常に驚いた感情を表す慣用句です。

通常は、良いことが起こった場合に使うことが多いようです。つまり、嬉しい驚きの表現と言えます。

 

<使用例>

 

A:你快去领钱,每人一千块。

(早くお金を取りに行けよ、一人1千元つづだ)

B:到底是什么钱哪?

(いったい何のお金?)

A:公司给每个员工的临时奖金

(会社が社員一人づつに臨時ボーナスを出すんだ)

B:真是太阳从西边出来了,以前公司从来没有发过临时奖金阿!

(本当に驚いたな、会社はこれまで臨時ボーナスなんか出したことないのに!)

【成語・ことわざ篇】 后会有期

后会有期hòu huì yǒu qī(成語)

 

〔意味〕再会のときがまたある、そのうちまたお目にかかりましょう。

 

※“后会有期”は、別れのときによく使われる決まり文句です。

 

《例文》

 

我还得赶去开会,咱们后会有期,到时候再谈谈。

(私は会議に出席しなければなりません。またお会いする機会がありますよ、その時お話しましょう)

【類義語篇】 撒 — 洒

撒sǎ(動)まく、撒き散らす

洒sǎ(動)まく、ふりまく

 

“撒”と“洒”は、いずれも「まく、まきちらす」という意味を表しますが、まくものが異なります。

“撒”は、「粉末、つぶ状や片上のもの」で、“洒”は「液状のもの」という違いがあります。

では、それぞれ例文を見ていきましょう。

 

 

在田地上撒了一点肥料。

(畑に少し肥料をまく) ※ここでの肥料は固体のもの

牛肉上撒一点胡椒粉。

(牛肉に少しコショウを振り掛ける)

 

 

先洒些水再扫地。

(先に少し水をまいてから地面を掃く)

外边特别冷,洒点水马上就冻冰了。

(外はすごく寒いので、水をまいたらすぐに凍った)

 

              『学習のポイント』

 

1.「こぼす、こぼれる」

 

“撒”と“洒”はまた、「こぼす、こぼれる」という意味もありますが、この場合は液状或いはつぶ状と言った区別がなく、どちらを使ってもかまいません。

 

你把洒(撒)在地上的大米都检好了吧。

(地面にこぼしたお米を全部拾いなさい)

不小心把杯子里的酒洒(撒)在地上了。

(うっかりして、グラスの中の酒を床にこぼしてしまった)

 

2.“撒”の声調変化

 

“撒”の声調が1声(sā)に変わると、「放す、放出する、排出する」という意味に変わります。

 

把笼子里的麻雀撒出去了。

(かごの中のスズメを放してやった)

昨天晚上他烂醉,在卧室里撒尿了。

(昨晩彼は酩酊して、寝室の中でおしっこをした)

【文法篇】 比較を表す表現 その2 「応用編」

前回は、比較を表す基本の形を紹介しましたが、今回は、その応用編として、様々な比較表現を取り上げてみましょう。

 

①「AはBと同じです」「AはBと同じ~です」

 

二者が同じかどうかを比較する表現です。

 

A〔主語〕 + 跟 / 和 + 一样(+ 形容詞)

 

小王跟我弟弟一样大。

(王君は私の弟と同じ年齢です)

我的手表跟他的一样。

(僕の腕時計は彼のと同じです)

姐姐跟我一样高。

(お姉さんは私と同じくらい背が高い)

 

また、比べる対象は名詞に限定されません。下記の例文のように、主述句、動詞目的句も使うことができます。

 

你去跟他去一样重要。〔主述句〕

(君が行くのと、彼が行くのは同じくらい重要だ)

在他的生活中,上网跟吃饭一样重要。〔動詞目的句〕

(彼の生活の中で、インターネットは食事と同じくらい重要です)

 

②「…は~のようです」

 

この表現は、“象”あるいは“像~一样”の形を使います。

 

今天像夏天一样。

(今日は夏のようです)

 

また、“一样”の後に形容詞を置いて、「…は~のように…です」という形にもできます。

 

今天像春天一样暖和。

(今日は春のように暖かい)

 

③「AはBぐらいに~です」

 

動詞“有”を使って、「到達の度合い」を比べる表現もあります。

 

A + 有 + B + 那么/这么 + 形容詞

 

この場合、動詞“有”は、ある性質や数量などが一定の程度に到達しているという意味を表します。

 

这种西瓜有那种那么甜。

(この種のスイカはあの種と同じくらい甘い)

 

④最上級の表現

 

「いちばん~だ」「どれよりも~だ」という最上級の表現は、副詞の“最”を使って表します。

 

在球类运动中,他最喜欢吃踢足球。

(球技の中で、彼はサッカーがいちばん好きです)

九州的豚骨拉面最好吃。

(九州のトンコツラーメンがいちばん美味しい)

 

その他、《比 + 疑問代名詞 + 都 ~》という表現方法も有ります。

 

神户的夜景比哪儿都美。

(神戸の夜景はどこよりも美しい)

 

⑤“比”を使った慣用表現

 

一次比一次(一回ごとに)

 

他的演奏一次比一次精彩。

(彼の演奏は聞くたびに素晴らしいものになっている)

 

一天比一天(日ごとに)

 

最近天气一天比一天冷。

(最近は日ごとに寒くなってきた)

 

一年比一年(年ごとに)

 

这儿的房价一年比一年贵。

(ここの不動産価格は年ごとに高くなってきた)

【文法篇】 比較表現 その1「基本形」

今回の【文法篇】は、比較を表す表現を取り上げます。

中国語の比較表現は、一般的に介詞の“比”を使って表します。

 

【基本形1】肯定文:「AはBより~です」

 

A〔主語〕 + “比” + B〔名詞/代名詞〕 + 述語〔形容詞(句)〕

 

他比我小。

(彼はわたしより若い)

老板比我们忙。

(社長は我々より忙しい)

今天比昨天暖和。

(今日は昨日より暖かい)

 

介詞“比”を使ってAとBを比較し、その結果を後ろの述語で表します。

その場合、述語には形容詞/形容詞句が置かれます。

しかし、“比”を使った比較表現では、述語に動詞句を使うこともできます。

 

我比他跑得快。  

(私は彼より走るのが速い)

妈妈比我起得早。

(お母さんは私よりはやく起きる)

 

【基本形2】否定文:「AはBより~ではありません」

 

“比”の否定形は“没有”を使います。

 

我的手机没有他的贵。

(僕の携帯は彼のよりも値段が高い)

九州没有北海道冷。

(九州は北海道ほど寒くはない)

 

※比較表現の否定形には、“不比”という形もありますが、一般にはあまり使われません。語感も異なります。

 

【基本形3】否疑問文:「AはBより~ですか?」

 

比較表現の疑問形は、一般に疑問詞の“吗ma”を文末に置きます。

また、“有没有”という反復疑問文の形で表すことも出来ます。

 

小李比你高吗?

(李君は君より背が高いですか?)

你做的菜比我做的好吃吗?

(君のつくる料理は僕のつくる料理より美味しいかい?)

 

《学習のポイント》

 

1.比較結果の程度を表す表現

 

比較形で比べた結果がどういう違いがあるかを表す語は形容詞の後に置きます。

 

妹妹比我小三岁。

(妹は私より3歳年下です)

这辆自行车比那辆贵一倍。

(この自転車はあの自転車より倍値段が高い)

这条鱼比那条重二斤。

(この魚はあの魚より1キロ重い)

 

さらに、比べた結果の差が大きい場合、「AはBよりずっと~」と言うときには、“~得多”または“~多了”を使います。

 

今天比昨天冷得多。

(今日は昨日よりずっと寒い)

他的能力比我高得多。

(彼の能力は私よりずっと高い)

公司给我们的待遇比以前好多了。

(会社の待遇は以前よりずっと良くなった)

 

逆に、比べた結果の差が小さい場合、「AはBより少し~」と言うときには、“一点(儿)”または“一些”を使います。

 

牛肉比猪肉贵一点儿。

(牛肉は豚肉より少し値段が高い)

这座山比那座山高一些。

(この山はあの山より少し高い)

 

比較形で使える副詞

 

一部の副詞、“很”、“非常”、“太”、“十分”などは比較形では使われません。これらの副詞は形容詞の程度を強調する働きが有りますが、それはあくまで話者の主観で強調しているにすぎません。比較形は事物を比べることで客観的な程度の差を表すので、意味的にそぐわないのです。例えば、日本語でも「AはBよりとても大きい」という言い方が意味的におかしいことを見ても分かります。

比較表現の中で意味を強調する副詞は、“更”「もっと、いっそう」または“还”「なお、更に」を用いることができます。

 

这件裙子比那件更好看。

(このスカートはあれよりずっと綺麗です)

上海的房价比大阪还贵。

(上海の不動産価格は大阪よりずっと高い)

【成語・ことわざ篇】 取而代之

取而代之qǔ ér dài zhī  (成語)

 

〔意味〕(誰かに)取って代わる、後任に収まる

 

《例文》

 

那个厂长思想守旧,不求进取,早就应该由年轻能干的人取而代之了。

(あの工場長は考え方が古くて新しいやり方を取り入れようとしない。はやく若くて有能な人に取って代わられるべきだ)

【慣用句篇】 该死

该死gāisǐ

 

〔意味〕いまいましい、憎たらしい

 

“该死”は、はなはだしい嫌悪やいまいましい気持ちを表す時に言います。

意味を強調する場合は“真该死”と言います。

 

<使用例>

 

A:真该死,银行又降低利息了。

(くそったれ!銀行がまた金利を下げたぞ)

B:我们再也不能把钱存在银行里了。

(もう銀行に金を預けられないな)

A:不存在银行里又能存到哪儿去呢?

(銀行に預けないのなら、どこに預けるんだ?)

B:炒股票巴,听说炒股票很赚钱。

(株をやるんだよ、株はかなり儲かるらしいぞ)

 

※“该死”は、単独で用いる以外に、他の語を修飾することもできます。

 

这该死的雨,下得真不是时候!

(いまいましい雨だ、こんなときに降り出すなんて!

该死的猫,有叼去一条鱼!

(憎たらしいネコだ、また魚を盗みやがって!)

【知識篇】 世界の人名

外国人の人名は、中国語ではどのように表すのでしょうか?例えば、日本人の場合を考えると、日本人の姓名はほぼすべて漢字で表記しますので、漢字の読み方を中国語に直して言います。

例えば、

 

高倉健 → Gāocáng Jiàn

山口百恵 → Shānkǒu Bǎihuì

 

などです。

日本語の発音とは全く異なるので、名前を耳で聞いた限りでは、別人のように聞こえます。

では、欧米人など、漢字とは異なる文字で表される人名はどうでしょうか?これらの人名は、基本的にすべて音訳します。例えば、

 

マリリン・モンロー → 玛丽莲·梦露Mǎlìlián Mènglù

マイケル・ジャクソン → 迈克尔·杰克逊Màikè’ěr Jiékèsūn

 

などです。

ご覧のように、原語の音にできるだけ近い音の漢字を選んで表記します。人名、特に歴史上の人物を音訳する場合は、使われる字はほとんど固定化しています。原語の意味から訳す「意訳」ではないので、人名など固有名詞の場合は丸暗記するしかありません。

では、欧米人の名前を音訳する例を下記に紹介していきましょう。

 

歴史上の人物

 

シーザー → 凯撒Kǎisā

ジンギスカン → 成吉思·汗Chéngjísī·Hàn

コロンブス → 哥伦布Gēlúnbù

ナポレオン → 拿破仑nápòlún

ニュートン → 牛顿Niúdùn

ルソー → 卢梭Lúsuō

エンゲルス → 恩格斯ēngésī

マルクス → 马克思Mǎkèsī

レーニン → 列宁Lièníng

スターリン → 斯大林Sīdàlín

チャーチル → 丘吉尔Qiūjíěr

ルーズベルト → 罗斯福Luósífú

ヒトラー → 希特勒Xītèlè

チェ・ゲバラ → 切·格瓦拉Qiè·Gébǎlā

アインシュタイン → 爱因斯坦àiyīnsītǎn 

エジソン → 爱迪生àidíshēng

シェークスピア → 莎士比亚Shāshìbǐyà

トルストイ → 托尔斯泰Tuōěrsītài

ヘミングウェイ → 海明威Hǎimíngwēi

ショパン → 肖邦Shāobāng

ベートーベン → 贝托芬Bèituōfēn

モーツアルト → 莫扎特Mòzhātè

ゴッホ → 凡·高Fán·Gāo

ピカソ → 毕加索Bìjiāsuó

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凯撒

現代の人物

 

エリザベス女王 → 伊丽莎白女王Yīlìshābái nǘwáng

バラク・オバマ → 奥巴马àobāmǎ

プーチン → 普金Pǔjīn

メルケル → 默克尔Mòkè’ěr

ダグラス・トランプ → 特朗普Tèlángpǔ / 川普Chuānpǔ

ボリス・ジョンソン → 约翰逊Yuēhànsūn

エマニエル・マクロン → 马克龙Màkèlóng

ムン・ジェイン → 文在寅Wén Zàiyíng

※トランプの訳語は2つ有りますが、通常メディアなどでは“川普”が使われることが多いようです。

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伊丽莎白女王

アーノルド・シュワルツネガー → 施瓦辛格Shīwǎxīngé

ハリソン・フォード → 哈里森·福特Hālìsēn·Fútè

オードリー・ヘップバーン → 奥黛丽·赫本àodàiì·Hèběn

クリント・イーストウッド → 伊斯特伍德Yīsītèwǔdé

ジョージ・ルーカス → 乔治·卢卡斯Qiáozhì·Lúkǎsī

スピルバーグ → 斯皮尔伯格Sīpí’ěrbógé

 

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施瓦辛格

タイガー・ウッズ → 泰格·伍兹Tàigé·Wǔzī

マイケル・ジョーダン → 麦克·乔丹Màikè·Qiáodān

ロナウド → 罗纳尔多Luónà’ěrduō

メッシ → 梅西méixī

マラドーナ → 马拉多纳Mǎlāduōnà

ウサイン・ボルト → 博尔特Bó’ěrtè

 

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泰格·伍兹

エルビス・プレスリー → 猫王Māowáng

ジョン・レノン → 约翰·列侬Yuehan·Lienong

ビヨンセ → 碧昂丝Bì’ángsī

マドンナ → 麦当娜Màidāngnà

マライア・キャリー → 玛丽亚·凯莉Mǎlìyà·Kǎilì

プレスリーの“猫王”は通称のようです。

 

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猫王

スティーブ・ジョブス → 乔布斯Qiáobùsī

ビル・ゲイツ → 比尔·盖茨Bǐ’ěr· Gàicí

 

欧米人の場合は、基本的に姓のみで呼びますが、姓名が短い場合はフルネームで呼ぶ場合もあります。

現代の人物は、訳語の呼び方が定着していない人もいますので、上記の例と異なる場合が出てくることもあります。

中国語の人名は、中国のメディアやインターネットで頻繁に出てきますので、有名人の名前は覚えておくと便利です。

また、中国語の音訳は、基本的に原語の発音に出来るだけ近くなるように訳すので、訳語の発音から推測出来る場合もあります。

【類義語篇】 忽略 — 忽视

忽略hūlǜe(動)なおざりにする、おろそかにする、見落とす

忽视hūshì (動)軽視する、いいかげんにする、おろそかにする

 

どちらも「おろそかにする」と言う意味を表しますが、“忽略”は無意識やうっかりしたことで見落としたりするところに重点があります。一方、“忽视”は、意識的に軽視する場合に使われます。つまり、ある動作や行動が無意識におこなわれたのか、それとも意図的に行われたのかという違いです。

では、それぞれ例文を見ていきましょう。

 

忽略

 

只管“读写”而忽略“听说”,不是学习语言的正确办法。

(「読み書き」ばかりで「聞く話す」をおろそかにすることは、言語学習の正しいやりかたではない)

我把好的机会忽略过去了。

(私は良い機会を不注意のために逃してしまった)

 

忽视

 

不该只重视生产而忽视了员工们的福利待遇。

(生産のみを重視して、従業員の福利や待遇を軽視してはならない)

我们在经济建设的过程中忽视了专家的建议。

(我々は、経済建設の過程で、専門家の助言をないがしろにした)

【成語・ことわざ篇】 改头换面

改头换面gǎi tóu huàn miàn (成語)

 

〔意味〕中身は元のままで、うわべだけを変える

 

《例文》

 

有些企业为了推销商品,采用改头换面的手法,通过变换商标来欺骗顾客。

(一部の企業は商品を売るためにうわべだけを変えるやり方で、商標を取り替えてお客を騙している)

 

※この成語は悪い意味で使われることが多いです。

 

※類義語:换汤不换药huàn tāng bú huàn yào (形式だけを変えて実質を変えない)