アベノ中国語道場

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【文化篇】 中国料理の食材 -その1-

以前の【文化篇】では「中国料理」をテーマとして、中国各地の料理や代表的なメニューを紹介しましたが、今回は中国料理の「食材」について取り上げたいと思います。

中国では、俗に「四足は机と椅子以外、空を飛ぶものは飛行機以外みな食べる」と言われます。外国人から見ると悪食と思われるかもしれませんが、中国人は実にさまざまな食材を調理して食べています。中には日本人の想像もつかないようなものも有りますが、そういう変わったものをなぜ食べるのでしょうか?一言でいえば、それは「美味しい」からにほかなりません。世界中の民族にはそれぞれ独自の「食文化」があり、また味覚の違いもあります。中国人にとっては美味しいものでも、日本人の口に合わないものがあってもおかしくはありません。

それでは、たくさんある中国料理の食材の中から、代表的なものを紹介していきましょう。

 

食肉類(獣肉)

 

豚肉

中国料理の中で「肉」と言えばまず「豚肉」を指します。豚肉は、中国語では“大肉”と言って、特n大切に扱われています。恐らく、世界の中で最も豚肉を消費しているのが中国ではないかと思います。それほど中国人は豚肉が大好きなのです。中国料理の肉料理のメニューも、豚肉が中心となっています。

昨年(2019年)に中国でアフリカ豚コレラが流行しましたが、その影響で豚肉の価格が急騰し市民生活を直撃しました。豚肉の価格が高すぎて一般の中国人が買えなくなってしまったのです。こうした状況を受けて、中国の中央政府はただちに対策に乗り出しました。豚肉の輸入を大幅に増やし、市場価格を安定させる政策を取ったのです。なぜなら、豚肉を常食とする中国人民に安定した価格の豚肉を供給するためです。中国人にとって豚肉はそれほど重要な食材なのです。

中国料理の中で豚肉料理は非常にたくさんの種類が有りますが、代表的なものを挙げると“回锅肉”、“东坡肉”、“鱼香肉丝”などが有ります。

“回锅肉”は最近日本でもポピュラーになってきました。日本では「ホイコーロー」と呼ばれます。豚の脂身を使った料理で、本場のものは非常に脂っこいです。

“东坡肉”は杭州の名物料理で、日本で言う「豚バラの角煮」です。北宋の政治家で詩人の蘇軾(東坡)の考案した料理で、彼の名が付けられました。

“鱼香肉丝”は四川の名物料理ですが、豚の細切り肉を魚に見立てた料理で、名前と異なり魚は入っていません。魚の少ない山国の四川省で、魚料理の代わりにつくられられた肉料理です。

 

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东坡肉

牛肉

以前は、中国料理の牛肉料理はそれほど多く有りませんでした。しかし最近は、中国人の所得向上につれて食生活も豊かになり、牛肉の消費量も格段に増えています。最近では、特に鍋料理(火鍋)で牛肉をよく食べるようになりました。元々中国の牛肉は農耕に使われる牛をつぶした肉を食べていたそうで、赤味ばかりで肉質も硬くお世辞にも美味しいとは言えませんでした。しかし、最近は肉牛も養殖されるようになり、適度に脂の乗った牛肉が食べられるようになりました。脂の乗った牛肉は中国では“肥牛”と呼ばれます。

中国料理の中の牛肉料理はそれほど多くありません。代表的なものは“水煮牛肉”、“酱牛肉”などが有ります。

“水煮牛肉”は四川料理の一品で、牛赤味の薄切り肉とねぎ、しょうがなどの野菜を唐辛子、山椒などの香辛料で煮込んだ料理で、四川らしくかなり辛い味付けです。

“酱牛肉”は、牛肉をしょう油で煮込んだもので、日本のチャーシューに近い料理です。主に前菜として出されます。

その他、有名な“兰州拉面”(蘭州ラーメン)には豚肉ではなく牛肉が使われ、牛肉ラーメンとも呼ばれます。蘭州ラーメンイスラム教徒の料理なので、豚肉は使いません。

 

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酱牛肉

羊肉

中国料理の中で、羊肉はおもにイスラム教徒やモンゴル族などの少数民族の料理に使われます。そして、羊肉料理は地域的には西北に多く見られます。中国にも回族やウィグル族、キルギス族、タジク族など、イスラム教徒の少数民族が暮らしています。彼らはイスラム教の戒律から豚肉を食べないので、主に羊肉を食べています。それから、内蒙古自治区に多く住んでいるモンゴル族も羊肉を食べています。彼らの場合は、羊の遊牧で生計を立てているからです。

羊肉の料理としては、ウィグル料理の“羊肉串”、“新疆拌面”、“肉夹馍”などが有名です。さらに忘れてはならない羊肉料理にモンゴルの“涮羊肉”が有ります。

“羊肉串”は羊肉の串焼きで、ウィグル族の有名な料理です。“新疆拌面”もウィグル料理で、小麦粉を練った太い麺にトマトベースのソースで野菜や羊肉を炒めて上から掛けた麺料理です。見た目はスパゲティーに似ています。ここで使われる肉は羊肉です。

“肉夹馍”は、西北地方でよく食べられている料理で、中国風ハンバーガーと言えます。小麦粉で作ったパンに羊肉のパテを挟んで食べます。味付けはかなり辛いです。

そして、“涮羊肉”は羊肉のシャブシャブで、専用の鍋にお湯を張って羊の薄切り肉をシャブシャブして食べます。付けダレは甘くないゴマダレを使います。

 

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涮羊肉

家禽類

 

鶏肉

鶏肉は中国人も大好きな食材で、多くのメニューが有ります。西側諸国のファーストフードの内、中国に最も早く進出したのがアメリカのKFCだそうで、全国に店舗を広げ大成功しました。きっと鶏好きの中国人に受けたのでしょう。今やKFCは、マクドナルドと並ぶ二大ファーストフードとなっています。

鶏料理には、“宫保鸡丁”、“辣子鸡”、“白斩鸡”、そしてウィグル料理の“大盘鸡”などが有ります。

“宫保鸡丁”は日本でもポピュラーになりました。“辣子鸡”は四川料理の一品で、油で揚げた鶏モモ肉を唐辛子や山椒をまぶして味付けしたものです。とにかく加える唐辛子の量がハンパでなく、四川らしいパンチの効いた料理です。

“白斩鸡”は鶏を丸ごと茹でたシンプルな料理です。付けダレは生姜の利いた醤油ダレを使います。元々広東で生まれたの料理ですが、なぜか上海の名物料理になっています。上海には“白斩鸡”を出す店がたくさん有ります。

“大盘鸡”は鶏肉とジャガイモの煮込んだものを、皿ではなく大きな金属製のトレイに入れて出します。“大盘”とはトレイのことを指します。

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白斩鸡

ヒル

中国では、鶏肉以外にアヒルの肉も盛んに食べられています。日本では鴨でしょうが、中国で“鸭(子)”と言えばアヒルを指します。

ヒル料理で有名なのは、何と言っても“北京烤鸭”(北京ダック)でしょう。その起源は明王朝初期の南京に遡るそうです。明朝第3代皇帝の永楽帝が南京から北京に持ち込んで以来、北京で発達したということです。中国で最も有名な老舗は北京の“全聚德”です。日本の高級中華店で食べたらゆうに1万円はするでしょうが、本場北京では一人3000円も出せばで腹いっぱい食べられます。

その他には、杭州の“酱鸭”,安徽省の“老鸭汤”、ちょっと変わったところでは“啤酒鸭”が有ります。“啤酒”はビールのことですが、アヒルを丸ごとビールで煮込んだ料理です。発生は清朝前期、康熙帝の時代だそうです。

また、中国料理の前菜として有名な“皮蛋”(ピータン)は、アヒルの卵の燻製です。

 

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北京烤鸭

その他には、ガチョウ、鳩、スズメなどの食材が有ります。「飛行機以外は何でも食べる」と言っているくらいなので、それこそ鳥類はほとんどみな食べるのではないでしょうか。

【成語・ことわざ篇】 捕风捉影

捕风捉影bǚ fēng zhuō yǐǐng (成語)

 

〔意味〕風や雲をつかむように捕らえどころがない、何の根拠もない

 

《例文》

 

你的推测完全是捕风捉影,毫无事实根据。

(君の推測はまったく雲をつかむような話で、事実の裏づけがない)

 

※類義語:“无中生有”wú zhōng shēng yǒu (根も葉もない、事実を捏造する)

【類義語篇】 答应 — 回答

答应dāying(動)答える、返答する、承諾する、変事をする 

回答huídá (動))答える、回答する

 

“答应”は、他人の要求に「答える」、または、他人がすることに「承諾する」、「同意する」という意味で使われます。また、誰かに呼ばれて「返事をする」という意味もあります。

“回答”は、他人の「質問に答える」、「回答する」意味で使われます。

では、それぞれ例文を見ていきましょう。

 

答应

 

对方已经答应我们的要求了。

(先方は、すでに我々の要求をのんだ)

有人按了门铃也没人答应。

(誰かがベルを押したが、返事がなかった)

 

回答

 

这个问题我今天回答不了,明天一定回答你们

(この問題には今日は回答できないが、明日必ず回答しよう)

 

『学習のポイント』

 

①“回答”は、「回答」、「答え」という意味で名詞でも使えますが、“答应”には名詞の用法はありません。

 

他们的回答很明确,就是不同意我们的要求。

(彼らの回答ははっきりしている、つまり我々の要求は呑めないのだ)

总经理给了我们一个满意的回答。

(社長は私たちに満足の回答をくれました)

 

②“答应”の発音は、後ろが軽声になります。

【成語・ことわざ篇】 与众不同

与众不同yǔ zhòng bù tóng (成語)

 

〔意味〕他の人とは異なる、際立っている、特に優れている

 

《例文》

 

在这次讨论会上,只有他的发言与众不同,真有创见

(今回の討論会では彼の発言だけが際立っていて、まことに独創的だ)

 

※類義語:“不同凡响”bù tóng fán xiǎng (出色の出来ばえである)

【慣用句篇】 吃不了,兜着走

吃不了,兜着走chībuliǎo dōuzhe zǒu

 

〔意味〕(食べきれない分は自分で持ち帰る)→自分のしたことは自分で責任を負う

 

上記の意味からも分かるように、あまり良くない意味や場面で使われることが多いです。

 

<使用例>

 

A:这些货价格很便宜,咱们先都进了吧。

(これらの商品は値段がすごく安い、先に全部仕入れようぜ)

B:这么多的货都进来了,万一卖不出去,你可吃不了兜着走啊!

(こんなにたくさん仕入れて、もし売れなかったら、おまえ自分で責任取れよ!)

A:好啊,我什么都不怕!

(いいとも、おれは何にも怖くないぞ!)

 

※“兜”は「(布などで物を)包む」という意味の動詞で、“兜着走”で「包んで持ち帰る」という意味になります。また、名詞として「ポケット」の意味でも使われます。

 

裤兜(儿)kùdōu(r) (ズボンのポケット)

【知識篇】 古代漢語

古代漢語とは何ぞや?

 

古代漢語は、近代以前の古い時代に使われていた中国語を指し、現在使われている現代漢語とは異なるものです。「古代漢語」と「現代漢語」の大きな違いは、現代漢語が口語をベースにつくられているのに対し、古代漢語は完全な文語文(書きことば)である点です。

歴史的に見ると、古代漢語から現代漢語へ変わる転換点となったのは、1910~1920年代にかけて行われた文学革命白話運動)です。当時、胡適を中心とする知識人たちは、中国語の書きことばを、従来の文語文から口語文へと変えようとする運動をすすめていました。この文学革命を境として、誰にでも分かる口語文が書きことばとして普及していきました。

新中国建国後には、首都である北京の方言(北京語)をベースとして、標準語が制定されました。当然、書きことばも標準語の口語を使って書き表す習慣が定着しました。

このように、古代漢語は古い時代の知識人の共通語(書きことば)として、数千年間使われてきました。ヨーロッパで、同じように国を超えて知識階級の間で使われた、書きことばとしてのラテン語に通じるところがあるのではないかと思います。

 

古代漢語と現代漢語の違い

 

では、古代漢語と現代漢語はどのような違いがあるのでしょうか?

具体的には、用語、音韻、文法などに違いが有りますが、大まかに言えば、

 

①文語体(古代漢語)と口語体(現代漢語)の違い

②時代的な違い

 

と言えるのではないかと思います。

 

①の文語体と口語体は、言語としての基本的な性質が異なるので、大きな違いとして現れると思います。

②は、歴史的な意味で言えば、古代漢語は現代漢語の前身であり、また現代漢語は古代漢語の発展したもの、と言うこともできるでしょう。

具体論で言えば、用語法に大きな差が見られます。例えば、動詞では下記のような違いがあります。

 

「歩く」 → 古代漢語:“行”/ “步”  現代漢語:“走”

「走る」 → 古代漢語:“走”  現代漢語:“跑”

「食べる」 → 古代漢語:“食”  現代漢語:“吃”

「言う」 → 古代漢語:“曰”/“言”   現代漢語:“说”/“讲”

「書く」 → 古代漢語:“书”  現代漢語:“写”

 

これを見ると、古代漢語の用語法は、現代漢語よりも日本語に近いことが分かります。

それぞれの動詞(漢字)は元々同じ意味を持っていますが、使い方が違います。

これはほんの一例ですが、他にも、介詞(助詞)や接続詞などにも違いが見られます。

また、表現上では、現代漢語の書面語(書きことば)は古代漢語に近い表現も多々見られます。こうした書面語は、口語(話しことば)ではほとんど使われません。

 

日本人と古代漢語

 

古代漢語は、日本的に言うと「漢文」です。漢文は、高校の国語の時間にほとんどの人が習った経験があるでしょう。じつは、この「漢文」は中国語なのです。より正確にいうと「古代漢語」という古い中国語です。国語の時間に漢文を習った人で、それが中国語という「外国語」だと実感した人はほとんどいないのではないでしょうか?これは実に不思議な現象だと言えます。

そういう私も、中国語の勉強を始める以前、高校の国語の授業で、司馬遷の「史記」や「唐詩」といった漢文を習いました。その時には、漢文が(古い)中国語だとは考えもしませんでした。そのことに気づいたのは、中国語(現代漢語)を習い始めた後だったのです。

今でも、日本の高校教育では、「漢文」と言うれっきとした外国語を、母語(国語)の一環として教えています。その秘密は、漢文(古代漢語)と日本人との深い関わりの歴史にありそうです。

ご存知のように、日本人は、中国語である漢文を読む場合に、「返り点(レ点)」を打っています。なぜこの返り点が必要なのでしょうか?それは、中国語と日本語の基本構文が異なるからです。もともと、中国語は「シナチベット語族」、日本語は「ウラル・アルタイ語族」に属し、語系が異なる言語です。いちばん大きな違いは動詞を置く位置で、中国語は目的語の前、日本語は目的語の後になります。したがって、漢文に返り点を打つことで、日本語の語順に置き変えて、そのままでも読みやすいようにしているのです。返り点を打った日本語読みの文を「書き下し文」と呼びます。

日本は、古代に文明が開けてからずっと中国文化の影響下に有りました。古代に中国から漢字が伝来し、そのころは、日本語を書き表す文も漢字だけを使った漢文でした(例えば「古事記」など)。

その後、平安時代になると漢字から「仮名」がつくられましたが、仮名はあくまで「本字」である漢字の付属物で、日本語の文字はあくまで漢字が中心でした。

そして、日本の知識階級にとっても、中国の古典を学ぶことが必須の教養だったので、中国から輸入したたくさんの書物を学んでいたのです。その中でも重要なものは、四書五経をはじめとする儒教の古典です。それは、貴族の時代から武士の世になっても変わりませんでした。特に、江戸時代には儒教の一派である「朱子学」が「漢学」と呼ばれ、幕府の奨励する学問だったので、武士階級はみな儒教の古典を学びました。当時、多くの寺子屋では、「論語」の素読が行われていたそうです。

このように、長い歴史の中で漢文(古代漢語)に慣れ親しんできた日本人ですが、その目的は、決して実用的な語学の習得ではありませんでした。漢文を学ぶ目的は、何よりも中国の古典(儒教)という教養を身につけるためでした。つまり、中国の知識階級(読書人)と同じ事をしていたのです。

時代が下り、明治維新以後に西洋文明が怒涛のごとく押し寄せてからは、この中国の古典を学ぶ伝統は廃れたように見えました。しかし、それは全く消滅したわけではなく、国語の中の「漢文」として残されているのです。

 

古代漢語と現代漢語

 

上記のように、日本人は古代漢語(漢文)を独自の方法で学んで来ました。しかし、本来古代漢語も現代漢語も、同じ中国語の枠組みに入ります。したがって、現代漢語を学んだ日本人が、その知識をベースとして古代漢語を学べば、これまでとはまったく異なる世界が見えてきます。

まず、古代漢語の文章を、あくまで中国語として、現代漢語の発音で読んでみます。これは、日本人が「書き下し文」という独自のメソッドで読んできた方法とはまったく異なるアプローチです。すなわち、「中国語として古代漢語を学ぶ」ということです。こうすることで、これまで接してきた「漢文」に、新たな視点を加えることが出来ると思います。

 

※なお、中国では、古代漢語に関するテキストと辞書として、下記のものが出ています。

 

《古代汉语》  王力著  中华书局

《古代汉语词典》 陈复华主编  商务印书馆

 

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王力著《古代汉语》

 

【成語・ことわざ篇】 世界闻名 

世界闻名shì jiè wén míng (成語)

 

〔意味〕世界的に有名な、世界で名声の高い

 

《例文》

 

西安是世界闻名的旅游胜地,拥有数量众多的名胜古迹与博物馆。

西安は世界でも有名な観光地で、たくさんの名所旧跡と博物館がある)

【慣用句篇】 吃饭了吗?

吃饭了吗?Chīfàn le ma

 

〔意味〕食事は済みましたか?

 

“吃饭了吗?”は、中国語のあいさつ語(“客套话”)のひとつです。日本語にはこういう言い方はないので直訳するしかありませんが、実際に会話の中でもたいした意味はありません。日常のごくありふれたあいさつです。意味からわかるように、使われるのはだいたい食事を取る時間帯です。

単なるあいさつなので、“吃饭了吗?”と聞かれても、相手が食事をおごってくれるわけではありません。

 

<使用例>

 

A:哟,小马。你要出去?吃饭了吗?

(あれ、馬君。出かけるの?。食事は済んだ?)

B:吃过了,你呢?

(食べたよ、君は?)

A:我还没呢。先回一趟家,在家里吃。

(まだだよ。家に戻って、家で食べるんだ)

B:这样。那我先走了。

(そうなんだ、じゃお先に)

【成語・ことわざ篇】 走马观花

走马观花zǒu mǎ guān huā (成語)

 

〔意味〕馬に乗って花を見る、大雑把に物事の表面のみを見るたとえ

 

《例文》

 

三天的旅游,我们走马观花地跑了四个城市。

(3日間の旅行で、私たちは4つの都市を駆け足でまわった)

 

※“走马看花zǒu mǎ kàn huā”とも言います。

【類義語篇】 房子 — 家

房子fángzi(名)家、家屋、住宅

家jiā(名)家、家庭

 

“房子”は、入れ物(建物)としての家屋を指します。

“家”は、一般に同じ家屋に住む家族や集団を指します。また、場所としての「家」を表すこともできます。

では、それぞれ例文を見ていきましょう。

 

房子

 

我想明年在老家盖一套房子。

(私は来年田舎に家を建てようと思う)

他们住三室一厅的房子。

(彼らは3DKの家に住んでいる)

 

 

我们家一共有四口人。

(うちはぜんぶで4人家族です)

你有空到我家来玩儿吧。

(ヒマがあったらうちに遊びに来なよ)

 

『学習のポイント』

 

“家”は接尾語として下記のような用法が有ります。

 

①ある種の職業に従事する人を表します。

 

农家 (農民、お百姓)

店家 (宿屋、料理屋の主人)

 

②人を指す名詞につけて、特定の種類に属する者であることを表します。

 

老人家 (ご老人)

闺女家 (娘さん)

小孩子家 (子供たち-やや軽蔑した言い方)

【文化篇】 中国料理の世界

一国の文化のなかでも、「食文化」は極めて重要な位置を占めますが、それは中国でも例外ではありません。広大な国土と悠久の歴史を持つ中国には、地域によって実に様々な料理が存在しています。東西南北それぞれの地域に料理の素材、形や味に特徴が有り、それらの特徴が長い歴史を通して完成されてきました。

 

中国料理の歴史

 

文献によれば、中国では5000年以上前に焼肉や焼き魚などの食品(料理)が存在していました。周王朝時代(紀元前1046年頃~紀元前256年)には、周礼に「八珍」という8種類の料理が載っていました。さらに漢代には、湖南省で発掘された「馬王堆」漢墓で見つかった竹簡に100種類の料理が記されていたそうです。

時代が下って、宋王朝の頃になると中国料理の発展は頂点に達し、冷菜、焼き物、煮物、羹ものなど色とりどりの料理が作られるようになりました。特に宋代に入ってから、調理にそれまでの薪に代わってコークス(石炭を乾留したもの)が広く使われるようになり、火力の面でも飛躍的な進化を遂げました。現代に伝えられている中国料理をさかのぼると、宋代に行き着くと言われます。料理だけでなく、陶磁器や絵画など、今日に繋がる文化の源流は宋代にあり、中国の歴史の中で、特に文化的な影響は宋代が最も重要です。

また、元明時代には、南蛮(西洋)から、ジャガイモ、唐辛子、トマトなどの新しい食材が伝来し、中国料理にも盛んに使われるようになりました。特に、唐辛子は現代の料理にも欠かせない食材になっています。

 

中国料理の流派

 

中国料理は、主に下記の“四大菜系”(四大流派)に分類されています。

 

“鲁菜”(山東料理

 

山東省を中心とする料理の流派です。山東省はかつては「斉」と「魯」国が栄えた土地柄で、中国でも最も歴史の古い地域の一つです。さらに、野菜や果物等農業が盛んで、海に面しているため魚介類も豊富に採れるなど、食材の宝庫でもあります。

味付けはしょうゆベースで、煮込み料理の発達したところです。

 

“川菜”(四川料理

 

四川料理は日本でもおなじみになりました。最も有名な料理は「マーボー豆腐」でしょうか。四川は中国の西南に位置する山国で、雨量が多く晴れの日が少ない土地柄です。そのため湿度が高く、四川の人々は辛い食べ物を好んで食べます。四川料理と言えば辛い味付けで有名ですが、調味料は唐辛子だけでなく山椒も使われます。そこから、“麻辣”(辛くて舌が痺れる)という四川料理独特の味付けが生まれました。

 

“粤菜”(広東料理

 

日本で広まった中華料理は広東料理がベースになっているそうで、中国料理の中でも日本人の口に最も合うのが広東料理ではないでしょうか。その本場は“食在广州”いわれる広州と香港です。薄味のやや甘い味付けは広東料理の特長ですが、味の濃い他地域(特に北方)と比べても、その風味は際立っていると言えるでしょう。広東料理の中でも特に素晴らしいのは前菜で、定番メニューには“蜜汁叉烧肉”(チャーシュー)、“烧鹅”(ガチョウの照り焼き)、“白切鸡”(茹で鶏)などが有ります。また、中国料理の珍味といわれる「燕の巣」と「フカひれ」も広東料理のメニューです。

 

“苏(淮扬)菜”(江蘇料理

 

最後の江蘇料理は日本ではあまり知られていませんが、江蘇省、特に長江下流域を中心とする料理です。この地域は昔から「江南地方」とよばれ、「蘇湖(江浙)熟すれば天下足る」といわれた穀倉地帯でも有ります。また、様々な種類の野菜や、長江でとれる川魚、家畜や家禽やも食材として利用できるため、さまざまな料理が発達しました。さらに、この地域は南北朝に始まる、南京や蘇州などの文化都市を抱えているため、古典芸術の発達した地域としても知られています。

その中でも、江蘇料理の中心は“淮扬”(揚州と淮安)で、特に揚州は“扬州菜”(揚州料理)として中国でもよく知られています。江蘇料理のメニューとしては、“盐水虾”(茹で海老)、“蟹粉狮子头”(蟹と豚肉の肉団子)、また“扬州炒饭”(揚州チャーハン)も大変有名です。

 

また、別な分類としては、“闽菜”(福建料理)、“浙菜”(浙江料理)、“湘菜”(湖南料理)、“徽菜”(安徽料理)の4つを加えた“八大菜系”(八大流派)という分類もあります。

その他にも「東北料理」、「朝鮮族の料理」、「モンゴル料理」、「雲南料理」、「新疆ウィグル料理」など、たくさんの種類が有ります。

 

中国料理の代表的なメニュー

 

ここでは、中国でよく食べられている料理のなかで、特に庶民的なものを紹介してみましょう。これらの料理は中国のどんな小さなレストランに行っても食べられるものです。

 

“回锅肉”

 

“回锅肉”は、最近日本でも「ホイコーロー」と呼ばれポピュラーになってきました。元々は四川料理の代表的なメニューの一つです。豚の脂身と野菜(葱、ニラ、ピーマン等)を使い、“豆瓣酱”(唐辛子味噌)で味をつけたかなり辛い料理です。また、脂身を大量の油で炒めたかなり脂っこい料理でもあります。日本の「ホイコーロー」はやや甘めで油も控えめで、日本人の口に合うようににアレンジされたのでしょう。

 

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回锅肉

“木须肉”

 

“木须”とはキクラゲのことで、キクラゲ、豚肉、キュウリ、卵を一緒に炒めた料理です。山東料理の一つで、味付けは塩味ベースに、少々のしょう油で味を調えます。

中国では大変に有名な料理ですが、日本では中華の専門店でないと食べられないかもしれませんが、最近は日本にもすこしづつ浸透してきたようです。

地域によって、野菜はキュウリの代わりに筍や黄花菜(中国野菜の一種)を代用しています。

“木须肉”は、孔子を祭る曲阜の孔廟内のメニューにも記されているそうです。

 

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木须肉

“鱼香肉丝”

 

“鱼香肉丝”は四川料理を代表するメニューで、中国では大変にポピュラーな料理です。「魚」という名前が付いていますが、魚料理ではありません。四川は山国で魚があまり採れないため、豚肉を使って魚に見立てた料理なのです。豚肉とにんじん等の野菜を千切りにして、こちらも“豆瓣酱”を使って炒めたものです。

中国ではどこのレストランでも注文すると出てきますが、日本ではよほどの専門店(特に四川料理)に行かないと出てこないでしょう。

 

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鱼香肉丝

“古老肉”

 

“古老肉”は広東料理の一種で、日本で言う「酢豚」にあたります。広東らしく砂糖を使った甘い味付けでで、なぜかパイナップルが入っています。“古老肉”に近い料理に“糖醋里脊”が有ります。“里脊”とは豚の背肉(ヒレ肉)を指します。こちらは肉だけで、他の素材は入っていません。また、肉を骨付き肉に変えると“糖醋排骨”になります。“排骨”とは骨付き肉(スペアリブ)のことです。

“糖醋”という調理法は他にもあり、魚料理でも使われます。

 

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古老肉

 

以上のように、中国料理は、4000年近い歴史と広大な国土に育まれた、実にバラエティー豊かな料理です。

中国人は「四つ足は机と椅子以外、空を飛ぶものは飛行機以外」は何でも口にすると言われます。それは、食べることに貪欲な民族性のなせるワザでもあるのです。

まさに、「中国文化を知るための入り口の一つが中国料理である」と言っても過言ではないでしょう。

【成語・ことわざ篇】 随机应变

随机应变suí jī yìng biàn  (成語)

 

〔意味〕臨機応変、時と場合に応じ適切に処置すること

 

《例文》

 

这位网球运动员的特点就是打得随机应变,针对对手改变自己的打法。

(このテニス選手の特長は臨機応変にプレーできることで、相手によって打ち方を変える)

 

※“应”はyìngと読みます。

 

類義語:见机行事jiàn jī xíng shì

【類義語篇】 规划 — 计划

规划guīhuà(名)(長期的な)計画、プラン (動)計画を立てる

计划jìhuà(名)計画 (動)計画する、予定する

 

いづれも日本語の「計画」にあたりますが、“规划”は長期的な計画を指す場合が多く、

“计划”は近い将来の計画について言うことが多いです。

したがって、下記の例文にもあるように、国や政府の行う長期的な事業やプロジェクトの場合は“规划”が使われます。一方、旅行、就職、進学などといった個人的な、しかも近い将来の事柄については“计划”を用います。

 

规划

 

中央政府正在规划修建一个新的长江大桥。

中央政府は、新しい長江大橋の建設を計画している)

国家制订了未来十年的发展规划。

(国は今後10年間の発展計画を制定した)

 

计划

 

我有一个计划,明年高中毕业后去美国留学。

(私は来年高校卒業後にアメリカ留学を計画しています)

我们计划从下周开始去日本考察。

(私たちは来週から日本へ視察に行く予定です)

 

               『学習のポイント』

 

“计划”はまた、“计画”とも書きます。

【慣用句篇】 马马虎虎

马马虎虎mǎmǎhūhū

 

〔意味〕まあまあである、まずまずである

 

“马马虎虎”の由来には、こういう逸話があります。

ある三流画家が一匹の動物を描いたところ、馬に似ているが馬のようではない、虎にも似ているが、虎のようでもない。そこで、ある人物を連れてきて批評させたところ・・・「これは、“马马虎虎”だな」。

 

<使用例>

 

A:最近怎么样?

(最近どうだ)

B:马马虎虎

(まあまあだよ)

A:还马马虎虎?听说你发大财了。

(まあまあだって?おまえ大儲けしたって聞いたぞ)

B:没有那回事。那都是谣言。

(そんなことないよ。あれは噂だ)

 

“马马虎虎”には、「いいかげんである、でたらめである」という意味も有ります。

 

那个人办事总是马马虎虎。

(あの人の仕事はいつもいいかげんです)