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【文化篇】 美しい二胡の調べ

中国の伝統的な民族音楽で使われる民族楽器の中では、「二胡」は比較的有名です。最近では、香港や台湾、中国のポップスの中でもよく使われるようになりました。また、日本では中国の民族楽器で構成されたバンド「女子十二楽坊」でもよく知られています。

二胡は弓を使って弦を弾く「擦弦楽器」に分類されます。西洋のバイオリンと同じ種類です。

二胡の起源は唐代までさかのぼり、千年を超える歴史を有しています。古くは「胡琴」と呼ばれていました。名称に「胡」の字が使われているように、西方から伝来した楽器です。

 

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二胡

二胡の構造

 

二胡は、八角形または六角形の箱型のボディー(琴筒)に太い棒(琴杆)を垂直に差し、その棒に2本の弦を張ってあります。擦弦楽器で弓を使いますが、弓は2本の弦の間に挟んで弾きます。西洋のヴァイオリンとの大きな違いの一つは、この弦の使い方です。ヴァイオリンは4本の弦に弓を上から乗せて弾きますが、二胡は弦の間に挟むので、弓の両面を使います。

ヴァイオリンとのもう一つの違いは、弾くときには弦が指板に触れず、指を弦の上に乗せて押さえます。最初のうちは弦の押さえが不安定に感じますが、慣れてくれば問題有りません。奏法上は、弦を内側に押し込むことで微妙な音程のずらし(ギターで言うチョーキング)を出すことができ、二胡独特の表現が可能となります。北京系の楽器は琴筒が八角形で、蘇州系は六角形です。

箱型の琴筒に太い琴杆を差し、そこに弦を張っただけの実にシンプルな構造の楽器ですが、熟練者が弾くと実に豊かな音色を出すことができます。プロ演奏家の中には、ヴァイオリンの難曲「チゴイネルワイゼン」を弾く人もいて、正確な音程もきちんと出せます。

ボディーには弦を弾いた音を共鳴、増幅させるために、動物の皮が張って有ります。二胡の場合はニシキヘビの皮を使います。ボディーのヘビ革と弦の間には“琴吗”と呼ばれる駒(ブリッジ)を挟んで弦を固定します。このパーツは非常に重要で、位置によって音色が変わってきます。

 

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二胡・琴筒

二胡の作曲家と演奏家

 

劉天華(1895~1932)

 

近代中国の作曲家で、特に民族音楽の分野で優れた作品を残しました。江蘇省江陰の出身で、1912年に故郷の江陰から上海に出て開明劇社という劇団で働くかたわら、ピアノとヴァイオリンを学びながら西洋音楽を習得しました。

その後は地元の中学校に音楽教師として勤務し、民間の演奏家から二胡や琵琶を学びました。

二胡の作品としては、『病中吟』、『良宵』、『空山鳥語』など10曲を残しました。劉天華の作品が、現在でも盛んに演奏されています。

劉天華は二胡の演奏にも優れ、多くの弟子を取って自らの音楽を後世に伝えました。

 

 阿炳(1893~1950)

 

阿炳は本名を華彦鈞といい、江蘇省無錫の人です。父親は道教の僧侶(道士)で、生涯を通じて民間の音楽家として活動しました。父の死後に道士を継ぎましたが、その頃は、アヘンを吸ったり、娼館に出入りしたりと、放蕩な生活を送りました。そのために眼病を患い両目の視力を失ってしまいました。失明した後は道士としても務めを果たすことができず、仕方なく街中で二胡を弾き、芸を売りながら生計を立てました。

阿炳は劉天華と違い、西洋音楽は学ばずに中国の民族音楽だけを極めた、生粋の民族音楽家です。彼の作品には『聴松』、『寒春風曲』などたくさん有りますが、最も有名な曲は『二泉映月』です。

 

蒋風之(1908~1986)

 

蒋風之は中国を代表する二胡演奏家の一人です。彼は幼少の頃から音楽に親しみ、10歳で横笛、12歳で二胡を習い始めました。20歳を過ぎた頃から二胡の大家劉天華に師事し、彼の芸風を直接受け継ぎました。

その後は、中国を代表する二胡の名手として、多くの後進を育て、劉天華の音楽を後世に伝えました。

 

閔恵芬(1945~2014)

 

閔恵芬は、江蘇省宜興市出身の女性二胡演奏家です。彼女の父親も二胡演奏家で、劉天華の弟子でした。幼少の頃から父親について二胡を学び始め、父親を通じて劉天華の音楽を吸収していきました。

彼女は戦後世代の二胡演奏家としては第一人者で、海外十数カ国で演奏会を開き大成功を収めました。その叙情的で、深い情感を湛えた演奏は、多くの聴衆から支持されました。

かつて、ニューヨークの演奏会で閔恵芬の演奏を聴いた指揮者の小澤征爾は、涙を流しながら「彼女は世界の中で五本の指に入る弦楽器奏者だ」と最大の賛辞を送ったそうです。